第3回日本自分史大賞受賞作
『音しずく』著者
 竹下八千代(たけしたやちよ)さん

【プロフィール】

 

1955年 兵庫県西脇市に生まれる
1978年 関西学院大学理学部卒業後、大手医薬品メーカーに入社
1979年 23歳のとき、交通事故で失明
1980年 日本ライトハウス職業・生活訓練センター(現:視覚障害リハビリテーションセンター)に入所

日常生活、点字、白杖での単独歩行等のリハビリを受ける
1981年 カウンセラーを目指し、関西学院大学社会学部に再入学
1983年 在学中に『音景色』(ミネルヴァ書房)出版※
1984年 特別福祉相談員として西脇市福祉事務所に勤務
1987年 結婚、その後二児の母となる
1994年より 京都ライトハウス鳥居寮にて「障害受容を助けるためのグループワーク」を約13年間にわたり実施
その間、関西学院大学や兵庫医科大学等で非常勤講師を務める
1998年 『音しずく』(ミネルヴァ書房)出版
2012年より 京都ライトハウス鳥居寮でのカリキュラム「創作」の中で織物の指導を担当、卒業生とともに織物サークル「てんてんむし」を結成
2016年には「てんてんむし」で製作した作品をバザーに出品し、売上げを熊本大震災支援に寄付

2018年現在は「織物」「佐保田ヨーガ」「丹田式(たんでんしき)呼吸法」をライフワークに健康で明るい暮らしを提唱

※事故直後の日々の記録が心に迫る最初の著書『音景色』は現在絶版となっていますが、読書が困難な方がインターネットで利用できる「サピエ図書館」等で読むことが可能です。


 

【わかさ生活との出逢い】

 

23歳の夏、海へのドライブの帰り、センターラインを越えて飛び込んできた対向車。彼女はその一瞬で光を失ったーー。

突然の失明の苦悩を豊かな心で乗り越え、懸命に歩んだ道のりを描く『音しずく』の著者・竹下八千代さんに私が初めて出逢ったのは、京都市営地下鉄の中でした。


 現在も、わかさ生活とご縁の深い障がい者支援施設「京都ライトハウス鳥居寮」での訓練に携わり、ご自宅でも織物サークルをされる等ご活躍中の竹下さんに出版からちょうど20年を迎える今、様々なお話をお伺いしてきました。
 鬱蒼と茂る神社の森をくぐり訪れたのは、普段は織サロンにも使われているご自宅の一室。手作りのラグや温かみのあるポンチョに触れると、竹下さんが見えない中で丁寧に紡いでこられた人生が指先からそっと伝わってくるようでした。


 

【インタビュー】

「自分を大切に」

事故から約20年後に『音しずく』を出版され、その後さらに20年の歳月を重ねた今、振り返ってどんなことを想われますか?

当時は何もかも、特に見えない中で子どもを守り育てることに本当に必死でした。
その子たちも無事に成長してくれ、改めて、私を見守ってくれていた家族の深い想いに気がつき、感謝を感じます。
子育てを任せてもらえたからこそ、母にさせてもらえました。
子どもたちの成長は、自らを成長させる原動力でもありました。
子どもたちは、当時もですが、今もよく私を助けてくれます。
私が大きな病気をしたときには夫が散歩に付き合ってくれ、早春の京都をたくさん一緒に歩きました。
織物との出逢いをもたらしてくれたのは義母でした。


お互いを思いやる心と、思いやりを受けとめる心とを織り重ねて、ご家族の絆を紡いでこられたのですね。
織物とはどんなきっかけで出逢われたのですか?

義母が要介護となり、一日義母の傍らで過ごすことの多くなった私に、ある時ご近所の方が、ダンボールで手軽にできる織物を教えてくださったのです。
織物の町・西脇市に生まれ、私自身の生家も織物工場を営んでおりましたので、ご縁を感じました。
それから義母の傍らで過ごす時間は織物を織る楽しい時間となり、作った作品を人にプレゼントする喜びも生まれました。
その後、全盲でも扱える「長寿織フラミンゴ」という織機にめぐり会い、試行錯誤を重ねた末に、ひとりで織機に経糸(たていと)が張れる方法に辿り着いたのです。
この恵みを、私だけでなく見えない仲間と分かち合いたいと感じました。


そうして京都ライトハウス鳥居寮での織物の時間が生まれたのですね。

はい。織物はまったく初めてという方がほとんどですが、皆さんサポーターの手助けを得てマフラー、ポンチョ、バッグ、財布など大作を作られ、自分で織り上げた作品の出来栄えに驚き、喜ばれています。
以前に経験があり、「見えなくなってまた織物ができるとは思わなかった」と、
大切な着物を使って記念の敷物を織り上げた方もいらっしゃいました。
見えなくても、経糸と緯糸(よこいと)の交わりを指に感じながら、作品を織ることができるので、お一人おひとりがご自分で作りたいものを決めることから始め、楽しみながら自分の力で満足のいく作品を織り上げることは、自信にもなっていくと思います。


竹下さんにとって、織物の魅力はどんなところですか?

見えなくてもひとりで織れるように考え、工夫することがすごく楽しい。
展示会などに出かけてヒントを見つけ、自分なりに再現してみることも好きで、複雑な織りにもどんどん挑戦しています。
糸屋さんで糸を買うのも楽しみです。
何段目に何色を入れたか点字でメモを取り、頭の中でイメージしながら作品を織り上げていきます。
なんといっても一番の醍醐味は、イメージどおりに織れているか?
織り上がった織物を織機から外し、手に触れて確かめる瞬間です。


工夫と挑戦を重ねることで、見えない世界が彩りで満たされていく織物の魅力が伝わってきました。
今後の予定や挑戦してみたいことを教えてください。

今年の12月にはバザーを開催し、大阪府大東市で子ども食堂を運営する友人を
支援したいと思っています。今、そのための作品を織りためています。
また、現在「丹田式(たんでんしき)呼吸法」のインストラクターを目指しています。
今まで私を支えてくれた大きな存在として「歌」がありました。
失明した当時、そして見えない中での義母の介護も、家族や仲間で集い、皆で歌うことで乗り越えてきたように思います。
その中で出会った丹田式呼吸法がもたらす心と体の健康を、私だけでなく皆に広めたいと思っています。


最後に、竹下さんから一言メッセージをお願いします。

健康が一番。
私自身、見えない中で大病をしたとき、薬の作用や介護も重なって、心のバランスをくずし、健康の大切さを痛感しました。
何をするにも、自分が心も体も元気であることが第一です。
自分のための時間を持ち、自分を大切に、大切にしてください。


〈インタビュアー:わかさ生活 小林由紀より〉

「経糸は時の流れ、緯糸は今。その時どきの想いで入れた糸が
様々な模様を描いていくのです」と竹下さん。
 人はときに、心の糸がもつれてしまいそうなつらい経験をすることも
あります。それでもひとつひとつのご縁を大切に、工夫と挑戦を忘れず
感謝の気持ちを織り込み進んでいけば、きっとどこにもない繊細で美しい模様が織りなされてゆくーー。
竹下さんの紡ぐ織物は、静かにそう語りかけてくるようでした。
「自分を一番大切に」そう言いながら、「それが皆さんに一番伝えたいことです」と、結果的にみんなの幸せを願う優しい竹下さんにいきいきと耀きを持ち続ける秘訣は、
心の豊かさにあると教えていただきました。
これからも若々しく健康にご活躍されることを、わかさ生活も応援しています!

ありがとうございました。
 

                             (2018年8月取材)

 

『音しずく』

(1998年・ミネルヴァ書房)

第3回 私の物語・日本自分史大賞受賞

『音景色』

(1983年・ミネルヴァ書房)
「盲人たちの自叙伝」百選選出

優しい表情で織物をされる竹下さん
「気分は織姫ならぬ織おばあです」
いえいえ、織姫そのものです!

京都手織機研究所で開発された
「長寿織り・フラミンゴ」
使い手に優しい設計で、見えなくても経糸の張れる手織機です。

「これが筬(おさ)、これがリード・・・」インタビュアー小林に織機の説明をしてくださる竹下さん。

​(作品1)

竹下さんが織機で織られた初作品。
織り込んだレースがいたずらっぽく覗く
記念すべき第一作は、額に納められて
「はじまりのとき」を伝えるオブジェのよう。

​(作品2)

華やかなカラーとディテールで上品な遊び心を演出。

(作品3)

黄色ベースのマフラーは優しいニュアンス。

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